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93)アフガンの罪人と聖人

 2020年1月8日の日本経済新聞朝刊のフィナンシャル・タイムズ、チーフ・ポリティカル・コメンテーター、フィリップ・スティーブンス氏のコラムの邦訳からです。タイトルは上記の通りなのですが、誰が罪人で誰が聖人なのか分かりますか? その答えは、罪人が米国政府で聖人は何と先日アフガンで非業の最後を遂げた中村哲医師なのです。

 まず罪人の米国政府から。2019年10月にシリア北部の駐留米軍に友軍のクルド人勢力を見捨てて帰還を命じたばかりか、アフガンに展開している1万2千人の米兵も帰還させようとしているトランプ大統領がその主犯と思われるかもしれませんが、そうではないのです。米ワシントン・ポスト紙が入手・公表した内部文書によると、アフガニスタン戦争はオバマ前大統領により米軍およびNATO軍最大15万人まで兵力が動員されたにもかかわらず、指揮した責任者たちは、アフガニスタンの歴史や文化について本当に何も知らなかったのです。米国によるアフガニスタン侵攻の当初の狙いは、アルカイダを倒し、タリンバンの指導者を排除することで、その目的の大部分は1年もかけずに達成しました。その後、目的は西洋式の民主主義の確立、アヘン取引の根絶、そして女性差別の終結といったものにすり替わっていきました。ワシントン・ポスト紙を引用すると、当局者らは「自分たちが理解していない国について見当違いな想定に基づき、重大な欠陥のある戦闘戦略を採用していた」ことを認めたそうです。

 対照的に中村医師はアフガニスタンを理解していました。1990年代にアフガニスタンで診療所を設立し地元の人々の医療に取り組んだのですが、治療している病気のほとんどの原因が栄養不良と水源不足に行き着くことに気が付いたのです。そこで、彼自身が土木技師になろうと考え、2000年代初めから灌漑水路網の建設を監督し始め、広大な砂漠に生命をよみがえらせたのです。その間、中村医師は政治と距離を起き、周囲で荒れ狂う戦争についてコメントすることも避けました。そして、自分の目標は命を守ることだと力説しました。しかし、彼はいくつかの鋭い観察を披露しています。アフガニスタンで戦闘に携わる者の多くは住む土地を追われ、家族を養うために傭兵にならざるを得なかったことや、農地が再生されると、兵士になる年齢の男性が農作業で忙しいため、暴力が大幅に減ったのです。シンプルな洞察かもしれませんが、ワシントンで戦争を指揮する賢人たちは誰一人これに気づかなかったのです。中村医師の水路建設プロジェクトを追った日本のテレビドクメンタリーを観た人々は、彼が現代の聖人と読んでも差し支えない生涯を送ったという見方にきっと同意するだろうと思います。

 英国フィナンシャル・タイムズの著名コラムの上記要約では、1900年からの戦乱のアフガニスタンでの介入方法を、米国政府のそれと中村医師個人のそれを比較して書かれていますが、タイトルに示されているように、世界一の経済力と軍事力を誇る唯一無比のスーパーパワーであるアメリカ合衆国政府は罪人で、NGOの支援はあったものの孤軍奮闘を続けた中村哲医師を聖人と表現しているのです。確かに、悲劇的な最後を遂げたことでニュース性が増したという事実は否めませんが、人が命を賭けて無私の活動を長年続けていれば、世界の誰かがそれを見守っていてくれているのです。この記事を読んで熱いものを感じた私ですが、これからの人生あと20年ほどを地道に頑張って行こうという思いを新たにした次第です。



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木戸友幸
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