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医学教育  

 患者の訴えの背景にあるものを聞きのがしてはいけない!


「治療」2003年3月増刊号
(医)木戸医院 木戸友幸

1)「問診」と「メディカル・インタビュー」の違い
 ほとんどの日本の医学生が医学部で教わっているのはいわゆる「問診」である。「問診」で尋ねる事柄は、いつからどのような痛みがどこに出ているといった客観的な事実のみである。したがって、「問診」から得られる情報は事実の羅列であって、そこ からはその訴えの背景にあるものは見えてこない。
こういう教育を受けて育ってきた日本の医師は、患者の訴えの背景にあるものに無頓着であることが多い。心理的に不安定になっている病者は、医師の態度に敏感に反応する。患者へのアンケート調査で、いつも不満の第一位に挙がるのは医師の説明不足である。これはどうも単なる説明時間の不足や、事実関係の説明不足だけではないように思われる。本当に訊きたいことに答えてくれない「欲求不満」も多くの部分を占 めているのではないだろうか。
患者の訴えの背景を探るためのさまざまなテクニックを提供してくれるのが、「メディ カル・インタビュー」の方法論である。本稿では、この方法論の中からいくつかのものを選び出して、解説してみたい。

2)いつも患者側の「解釈モデル」を意識しよう
 解釈モデルというのは、その人が治療や検査などの医療行為をどのように理解しているかということである。この解釈モデルは患者側と医療側の両方のものがあり、その解釈が離れていればいるほど、患者の満足度は低いと言われている。
 例えば、咽頭痛で来院した患者にのどが腫れているので、のど風邪ですとだけ言って、処方だけで帰したとする。その患者は最近、親戚の一人が喉頭癌で手術したので、そのことが心配であったのだが、そのことにほとんど触れてもらえなかったので、不満が残った。この例では、患者の「先生、悪いものではありませんよね?」といった質問とその時の心配顔を捉えて、「何か気になることがあるのですか?」という質問一つで、患者解釈モデルが把握できるのである。

 患者側の解釈モデルを、システマティックに把握するためには、出来るだけ患者に自発的に多く語ってもらうようにしなければならない。そのためには、時間が許せば、初診患者には少なくとも5分間は自由に遮らないで来院の理由を語ってもらうのがよい。また、その後のこちらからの質問も、「はい」「いいえ」で答えられる閉じられた質問(closed question)ではなくて、「どうされましたか?」といったような開かれた質問(open question)を多用することが必要である。

3)上手なインタビューの治療効果
 筆者は、日本においては在日外国人の診療、フランスでは当地の在留邦人の診療に従事してきた。異文化圏での生活は絶えずストレスに曝されているので、訪れる患者のほぼ全員に背後に隠された心理的な問題がある。これらの問題は、患者の解釈モデルを推察できるようないくつかの質問をした上で、見当を付け、その線に沿ってメディ カル・インタビューを進めていけば、かなりの部分が解決する。つまり、インタビューそのものが治療効果を持つということをこれまでに数多く経験してきた。
 国立病院勤務の時に受診した、日本の大学院に通うフィリピン人女子学生の例を挙げよう。彼女はそれまでの1年間、腰痛に悩まされていた。整形外科のコンサルテイションを含めた診察結果は、いわゆる「腰痛症」であったので、ストレス回避の手段など も含めて何回かに分けて指導すると、頑固だった腰痛も次第に改善した。彼女は、過去1年間は大学病院に通っており、そこでは鎮痛剤の投与が主な医療行為で、ほとんど口頭の説明はなかったそうである。診察の合間に訊いたところによると、高学歴のフィリピン人にとっての医療は、欧米流の説明を十分する医療である。したがって、 彼女はこれまでの鎮痛剤だけを投与される医療が不満でならなかったそうである。異文化圏で生活する患者ほどには、劇的な治療効果は望めないかもしれないが、日常診療においてもメディカル・インタビューの技法を診療に取り入れることにより少な くとも「癒し効果」が期待できる。

4)言いたくとも言えない状況もある!
 患者と医師が一対一でインタビューする場合は、特に問題はないが、家族がその場に同席する場合は、状況がかなり微妙になってくる。
家族が患者に付き添って受診するのは、小児と高齢者のことがほとんどであるが、両者ともに付添者に気兼ねして、本心ではないこと、あるいは真実ではないことを医師に伝えることがある。したがって、そういう気配が濃厚であれば、患者と一対一になれる状況を設定して、インタビューすることが必要である。患者と家族の言い分が大きく違う場合は、そのこと自体にもさまざまな意味があることが多いので、主だった家族全てをインタビューすることも役立つかも知れない。
パリでの日本人診療での失敗例を参考に挙げる。
 母親が11歳の女児をつれて受診した。3ヶ月前に来仏し、日本人学校に入学したが、こちらの学校にも慣れず、頻繁に腹痛を起すという。母親は子供にかなり干渉するタ イプのように見受けられた。子供に話しかけても、はい、いいえ以外の返答はほとんど返ってこなかった。診察所見も特に問題なかったので、「環境の違いなどで精神的 なストレスもあるので、少し様子をみましょう。お母さんもあまりガミガミ言わずに 少しゆとりを持って接してあげてください。」と言って診察を終了した。
家族が去った後、子供が座っていた側の机の下縁にポストイットが張ってあるのに偶然気づいた。ボールペンでカタカナで大きく「バーカ」とだけ書いてあった。患者の女児以外にはそれを書いた者は考えられなかった。恐らく、その11歳の女児は、「こちらの気も知らないで、母親と医者で愚にも付かない御託を並べて・・・。」というような意味をこの「バーカ」の中に込めたのだろう。

5)究極の構造的解決策
 これまで述べてきたのは、主に初診患者に対する対応を想定しての内容である。しかし、外来診療で圧倒的な割合を占めるのは、長年通っている慢性疾患を抱えた患者である。その人たちの訴えを、その背景も含めて逃さず聞き取る究極の方法はあるのだろうか?筆者はこの究極の方法はあると信じている。
 診療の場の「何でも話せる雰囲気作り」がその解決策である。日頃の診察では、特に変化が無ければ、世間話を例え3分間でもいいから患者とすることを習慣づける。そういうことを長年続けていれば、各々の患者の話題の好みも分かってくるし、どんどん会話は自然になってくる。最初のうちは、医師の側の最近の出来事を語ってもいい。 こういう雰囲気作りに成功すれば、こちらから、それほど注意を払わなくても、患者 側からいろいろ悩みを打ち明けるようになるようである。
 書いてみれば当たり前のことであるし、「評判のいい開業医」は昔からしていることであるが、現実にはなかなか実行されていない診療手技である。

キーワード:メディカル・インタビュー、解釈モデル、オープン・クエスチョン、雰囲気作り

参考文献
1)木戸友幸:心身症シュミレーションモデル.プライマリ・ケア,14巻: 534-535,1991
2)木戸友幸:内科にも多い「パリ症候群」.JIM,6巻:182-183,1996


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木戸友幸
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