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医学教育  

 地域医療の実践 -木戸医院の現場から-


医師の考えるアメニティとは

 医師は曲がりなりにも科学者の端くれです。ですから、医師は往々にして、即物的な物の見方をしがちです。ですから、医師がアメニティーというと、診察室や待合室を より広くとるとか、診察室のプライバシーが保たれるように個室にするとか、段差の ないバリア・フリーにするとかいったようなすぐ数値化できるようなことしか考えません。天井を高くするとか、自然光をより多く取り入れて明るくするとかいうような注文をつける医師は少数派かも知れませんし、ましてや、壁や床の色までにこだわる医師はもっと少ないでしょう。
しかし、部屋の明るさや色の配合などが患者心理に与える影響には大きなものがある はずです。ですから、医師が見逃しがちな、情操面でのアメニティーの部分を建築家の皆さんがアドバイスしていただけると有り難いと思います。地域の家庭医は、日本でも赤ちゃんから高齢者まで、さまざまな背景の患者を診てい ます。ですから、すべての患者を満足させるアメニティーを選定するのはなかなか難 しいでしょう。対象をその医院の特性に合わせ、例えば高齢女性、学童、中年主婦層などとターゲットを絞るか、あるいは7〜8割の利用者の満足を満たすという基準で決 めるかのどちらかになるようです。

私の医院建築観
 前項で医師は科学者の端くれで、即物的だと書きました。それと同時に、医師は人に指図されることに慣れていないので、独断的なことが多いのです。ですから、医院建築観と言っても、医師の数だけ出てくると思いますので、私の医院建築観を述べます。私は、医院は仕事場であると同時に、医療者としての自分の表現の手段の一つと捉えています。
私は医師になって四半世紀を、プライマリ・ケアの実践と教育という道一筋で生きてきました。その過程で、家庭医療学をニューヨークで学び、その理想的な実践をパリで実験的に行いました。これらの経験を、父が地盤を作った木戸医院でいかに生かしていくかを、パリ時代(95〜97年)にいろいろな角度から考えたのです。そこで行き着いたのが、旧木戸医院の建物をすべて更地にして、自らの四半世紀の思いを込めた 新木戸医院を建造するということでした。思いを造形にするためには、それに相応しい建築家が必要になります。幸い、山本浩三氏という建築家に巡り合うことが出来ました。彼と討論を進めるうちに、思いがいろいろ具体化してきました。基本コンセプ トは、「上品な豪華さ」としました。建築材料には、量産品の中での一番高級品を使 うという姿勢を貫きました。また、私自身の体験の造形化としてはは、中庭や風見鶏に工夫を凝らしました。(後述)もちろん、医院の仕事場としての機能性や快適性は、 さまざまな過去のデータを参考にして、望みうる最高のものにしたことは言うに及び ません。
さて、この上品で豪華な新木戸医院が、大阪市東淀川区という土地で受け入れられたかという疑問があるかも知れません。結論から言うと、父の代から通ってくれている なじみの患者には、例外なく快く受け入れられました。古い患者の方々は、私のこれまでの経歴をすべて知ってくれていて、新築の意図も一を語れば十を分かってもらえるという雰囲気でした。また、新規の患者は、見た目にも快い新医院に引かれ、どん どん来院されました。

建築家に望むこととアピール
 建築家にとって、医師は非常に扱い難い顧客だと思います。しかし、何度も言うように、医師は科学者でもあるので、理由を明確に示せば理解してくれます。例えば、日本では医院の玄関でスリッパに履き替えるか土足にするかという問題があります。デー タでは、スリッパに履き替える方が、明らかに衛生上に悪いということが出ているのです。床材と清掃の工夫で、土足でも診療所の美観は損なわれません。このように理詰めで説得すれば、気難しい医師でも納得します。
建築家の方が強く、医師が弱い部分は、やはりアートの部分だと思います。天井の高さ、光(自然光、照明の両方)、壁や床の色などに関しては、建築家がイニシアティ ブをとって医師を説得していただければ有り難いです。この場合も、心理学的なデー タなどを示すと納得してもらい易いはずです。
木戸医院は私で2代目です。周囲を見渡しても、2代目、3代目の開業医はかなりの数で存在し、脱病院化の進む現在、さらに増加するはずです。これら、世襲の開業医においては、経営はある程度安定しているが、医院の建物は老朽化し、手狭になってい ることが多いのです。バブル崩壊後、どんどんパイが小さくなる建築需要の中で、世襲開業医の医院新築(改築)という分野は、かなり有望な分野だと思われます。建築 家が開業医とうまく協力すれば、地域医療への立派な貢献になるはずです。ビジネス用語でのWin-Win Situation(共に勝つ共存関係)の好例ではないでしょうか。

日本の明日の医療はどうなる?
 日本の医療は国民皆保険で、すべての国民が安価で、それなりの水準の医療をいつでもどこでも受けられることを最大の売りにしてきました。そしてそれは確かにそれな りの成果を挙げてきました。(例、世界一低い乳児死亡率と世界一長い平均寿命)しかし、急速に進む人口の高齢化の影響もあり、これまで通りの国民皆保険の維持が財政的に困難になったきたのです。そこで浮上してきた案が、1)医療に一般企業の考えを取り入れ、合理化を計ること、と2)基本的な医療は保険でまかない、それを超える部分は自費にするという混合診療です。1)の医療の株式会社化は、過去10数年間、アメリカで現実に行われており、それが医師にも患者にもあまり評判がよくなく、失敗であったと言われています。日本政府もその雰囲気にはやっと気付いた来たような ので、これがこれから強行されることはあまりないと思われます。とは言っても、これまで以上には、医療の効率化は問われることになるはずです。しかし、2)の混合診療に関しては、日本でも恐らくこれから徐々にではあっても確実に進んでいくと思われます。これも過去半世紀の世界の歴史を見れば明らかなのです。旧ソ連などの共産主義国を含め、余分の金銭的負担(共産主義国では権力)で快適な医療が手に入らなかった国はありません。そういう意味では、現在、日本の医療は世界一社会主義的な 医療なのです。世界中が資本主義経済に移行した現在、日本の医療だけが社会主義にとどまることは不可能です。また、恐らくこれは、快楽を本能的に好む人間の性から考えても、当然の流れなのでしょう。
これらと、前述した世界の脱病院化を総合して考えられる日本の医療事情のシナリオを述べます。病院も医院も、これまでの悪平等、横一線の時代から、競争の時代に移っていくと思われます。これまでも、開業医から総合病院に患者を紹介するときは、より良い病院を選択していましたが、これからは病院が患者を開業医に逆紹介するに際して、開業医を選択するようになるでしょう。このように、病院ー医院が共に選択し 合うようになります。このことによって、当然、勝ち組、負け組の二極分化が起こってきます。一般企業で、バブル崩壊後に起こったことが、医療界でも起こるというこ とです。
医師個人も、専門医資格や持っている技術や治療成績などを公開して、競争する時代 になります。もちろん、病院や医院のアメニティー部分を含めた建物の魅力も競争に勝ち抜く重要な要素になるでしょう。 ここに述べたことは、特に奇抜な意見ではなく、医療の周辺にも気を配る常識を持った医師の一般的な意見です。だからこそ、これから、開業医師(特に世襲医師)の新築(改築)ラッシュが予想出来るのです。

木戸医院における実践
  木戸ギャラリー:中待ち合いの壁面を利用したギャラリーです。プロの写真家に依頼 し、その人の仲間の写真家やイラストレーターの作品を数ヶ月おきに展示してもらう ことでスタートしました。現在は患者あるいはその家族の作品を飾っています。作品だけでなく、作者のコメントも載せてもらい、独自性を出すようにしています。

風見鶏への思い:これは、風見鶏好きな山本浩三氏のアイデアです。風見鶏の形が船 なのですが、船はパリのあるイル・ド・フランス県のシンボルなのです。山本氏と私 の共通の思い出の地「パリ」に思いをはせての「船の風見鶏」なのです。

中庭とその背景:中庭には、全面高麗芝が張られ、二本のオリーブの木が植わってい ます。二つの低い築山には、鎌倉時代の石仏が二体置かれ、庭の端には、ポルトガル 製の大理石の噴水があります。この中庭のコンセプトは、和風ー地中海風の折衷なの です。これも、山本ー木戸のこれまでの活躍の場を象徴しています。

多目的会議室の機能:待ち合いの隣の会議室は、大部分は私の書斎として機能しています。光ファイバーにつながったコンピューターが設置され、情報収集、情報交換、執筆がこの部屋で行われます。職員、外部からの訪問者、医学生、研修医との会議室 としても、月に何回かは利用されます。特に医学生、研修医の診療所研修のために、私の著作のリプリントがすべて、ファイル保存されています。

参考文献
1)21世紀プライマリ・ケア序説:伴信太郎著、プリメド社
2)家庭医プライマリ・ケア医入門:家庭医療学会編、プリメド社
3)http://www.carefriends.com/kido/(Dr.木戸の履歴書)


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木戸友幸
mail:kidot@momo.so-net.ne.jp