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医学教育  

「家庭医」によるプライマリ・ケア
第1回:「家庭医」はなぜ必要か?


「プライマリ・ケア・フィジシャン」2003年8月号掲載
医療法人木戸医院 木戸友幸


1)米国での家庭医の誕生の歴史
  筆者は80年代前半に米国で家庭医のレジデント研修を3年間受け、家庭医専門医となった。帰国後より現在に至るまで、家庭医として、さまざまな医療の場においてプライ マリ・ケアに携わってきた。この20数年間の経験により、プライマリ・ケアを担う専門科として「家庭医」が最適であるという思いを強く持つに至った。そこで、家庭医によるプライマリ・ケアを語るにあたって、まず、専門医療万能の米国において、どういう経緯で「家庭医」という専門医が誕生したかを述べることから始めてみたい。

米国で、臨床医の質が向上してきたのは、第二次大戦後レジデント研修が始まり、各科の医師が、しっかりした規格に従った研修を受けるようになってからのことである。 このレジデント研修は内科、外科から始まり、さまざまな専門科に普及していった。レジデント研修を終了した医師は試験を受け、それに合格すれば、その科の「専門医」になり、患者の信頼も得られ、収入も大幅に上昇することになる。そのため、米国の医学校卒業生はこぞってレジデント研修を受けて、「専門医」になる道を選ぶように なった。

米国のプライマリ・ケアを支えていたのは、そもそもは街の一般家庭医(GP)だったのだが、第二次大戦前は医師全体の6割以上を占めていた一般家庭医が、レジデント研修の発展に伴いどんどん減少の一途を辿るようになった。家族の主治医として慣れ親しまれていた家庭医が消滅してしまうと困るのは一般米国市民である。このため、「専門医」万能の米国医療と古き善き時代の一般家庭医とをどう共存させるかにつき、一般家庭医の代表が集まり、その知恵を絞って一計を案じた。そこで、一般家庭医も 「家庭医」という専門医にすればいいという結論に達した。そのことを実現するために、医師ではないジョン・ミリス氏を長にした市民委員会を設立し、専門「家庭医」のレジデント研修を始めるようにという「ミリス・レポート」が提出されるに至った。この報告を受けて、1969年に米国で第20番目の専門科として誕生したのが家庭医療学 科(Family Practice)である。

家庭医療学科は、誕生間も無い70年代前半には、既存の専門科からの非難・中傷と研修医数の伸び悩みで多くの苦難を経験した。連邦政府からの研修医や研修施設への助成金という経済的な支援を得たお陰で、研修医数も増加していき、それらの研修医達の活躍の結果、他の専門科の信用も次第に得るようになってきた。
家庭医療学科がもっとも注目を浴びたのは、クリントン政権が、米国の健康保険制度改革を政策に掲げた90年代前半である。クリントンは米国の医師数の51%をプライマリ・ケア医にしようという具体的提案をした。しかし、この政策はかなり形を変えて、マネジド・ケアという医療システムで米国に定着したのである。
マネジド・ケアにおいても、家庭医はゲート・キーパーとして優遇され、その初期には、既存の家庭医あるいは、家庭医を目指す医学生のインセンティブにもなっていた。 しかし、ここ数年間、マネジド・ケアの評判が、医師の間だけでなく、一般患者の間でも低下してくるようになると、家庭医の評判までそれに連動して低下する気配があるようである。俗な表現をすると、家庭医はマネジド・ケアのお先棒かつぎと見られ ている節がある。そういうこともあり、家庭医のレジデント研修を目指す医学生はここ数年減少している。

2)日本以外の各国の状況
 昨今、外交や経済の分野では、グローバル・スタンダードはアメリカン・スタンダードに過ぎないとアメリカ一国主義が非難されている。したがって、上記の米国事情の紹介だけでは、かえって反感を買ってしまうといけないので、他国の状況もご紹介す る。
プライマリ・ケアの担い手として「家庭医」をレジデント研修で育てている国は、先進国では多数派に入るし、発展途上国でもかなりの数に上る。 イギリス、カナダ、オーストラリアなどの英語国はもちろんのこと、北欧3国とオランダなどのヨーロッパ諸国も家庭医先進国だ。キューバや南米諸国でも、米国の指導のもとで、家庭医養成が進んでいると聴く。日本の近隣のアジア諸国でも、韓国、台 湾、フィリピン、香港、シンガポール、マレーシアなどでは、家庭医の養成が順調に軌道に乗り、プライマリ・ケアの担い手になりつつある。

3)何故、今日本で「家庭医」が必要か?
 過去10年ほどの間に、世界中から実質上、共産主義、社会主義の国が消滅し、資本主 義一色の世界になった。これは、好むと好まざるに関わらず、受け入れざるを得ない 「事実」である。この資本主義の条件下で、ある一定の予算の中で最善の医療を実施 していくために、各国はそれこそ、工夫に工夫をこらしてより効率のよい医療を作り上げる努力をしている。その一つの具体策が、家庭医によるプライマリ・ケアだと思 う。
 確かに、日本では独自の医療政策で、世界に誇れる健康指標を達成していることは事実である。しかし、昨今、低予算医療のつけが回って、医療事故を始めとする患者の不満が続出している。これは、低予算だけの理由だけでなく、構造的欠陥と考える方がいいのかも知れない。
  ここで、世界の趨勢である、家庭医によるプライマリ・ケアを日本の国民皆保険の中 でうまく走らせてみるというのが、日本の医療改革の目玉になる可能性があるのでは なかろうか。


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木戸友幸
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