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医学教育  

卒後臨床研修におけるプライマリ・ケア医の育成

(医)木戸医院 木戸友幸


1〕新卒後研修制度の本質
 卒後臨床研修におけるプライマリ・ケア医の育成というテーマを語る際に、2004年度から開始された新卒後研修制度の内容を抜きに語ることは出来ない。本稿では、プラ イマリ・ケア医の育成に関わる部分に焦点を当てて、その本質を語りたい。
まず、これまでの任意の研修を義務化し、研修医に身分と給与を保障した上で、これまで大学病院を中心に行われてきた卒後研修をそれ以外の一般市中病院で行うべく、いくつかの誘導作を導入した。その一つが米国の制度を参考にしたマッチングである。この大学病院から一般病院への場の移動の意義は、いくつか考えられる。一つは、卒業大学というぬるま湯から他者の混在する一般病院へ移ることにより、他者と競い合い技術を磨くということ。次に、研修の場の普遍化に伴い研修内容の標準化がなされるようになった。その標準化の一つとして各科をローテイトすることの義務化といったプライマリ・ケア研修を盛り込んだ。最後に、プライマリ・ケアの現場により近い一般市中病院での研修が、プライマリ・ケア研修の実を上げること言うまでもないこ とである。

2)この方式の効率は?
 2004年度より、医師会等の卒後研修を議論する委員会に頻繁に出席しているが、今の所、新研修制度で大きなトラブルは起きていないようである。「有能な臨床医」を志 して医学部に入学した者はそれほど少なくはなかったようで、こういう研修医にとっては、どの科の研修も新鮮に映るようで、新制度の評判は悪くない。しかし、何割かの専門医志向の研修医にとっては、複数科のスーパー・ローテイトは極端に言えば時 間の無駄と思っているのかも知れない。不満はあまり表に出さない奥ゆかしい日本文化ではあるので、このことについては、あと数年の現行制度の観察を必要とする。
米国でも、60年代〜70年代に卒後の1年目の研修として、すべての科をローテイトす る方式のローテイティング・インターンシップが採用された時期があった。しかし、この方式はあまり研修効率がよくないということで、この部分を卒前教育に組み入れることになった。これが、卒前に行われるクリニカル・クラークシップである。
したがって、研修医個人の志向や、他国の研修の歴史を見ると、義務化されたスーパー・ローテイト方式はそれほど効率のいい方式ではないのかも知れない。

3〕ボランティアー指導者の必要性
 大学病院にも、一般市中病院にも共通した問題は、研修医指導に当たる人材の圧倒的な不足である。特にプライマリ・ケアを指導出来る人材は極端に不足している。新研修制度で、地域医療研修が義務づけられているが、この研修を地域の開業医に依頼して行う研修病院が徐々に増加しているようである。地域医療研修は研修2年目に行われるので、2005年度がその初年である。したがって、現在具体的なデータは存在しな いのではあるが。私見では、プライマリ・ケアの最大の担い手は地域の開業医であるので、少なくともその現場の研修を経ずして、プライマリ・ケア研修は完了しないは ずである。そのためには、地域の開業医は、万難を排して出来うる協力をすべきであると思う。幸い日本医師会も、この点では、今回のプライマリ・ケア重視の新研修制 度を開業医復権のチャンスと捉え、積極的な取り組みを地方医師会に指導しているよ うである。
筆者の属する日本家庭医療学会では、有志で2000年より全国の開業診療所で、診療所実習を実施しており、その情報はPCFMネットとしてネット上に公開されている。現在までの経験では、医学生、研修医を問わず、PCFMネットを通じての診療所研修は非常に評判がよく、その希望者は年々増加している。

4〕将来的展望
 今回のプライマリ・ケア志向の新臨床研修制度はまだ始まったばかりで、この制度が日本にどう定着するかの評価は数年先にならないと分からない。しかし、前述した研 修医の志向の問題や、効率論からの米国での反省例などからして、日本でも、将来的 にはプライマリ・ケア研修は、卒後ではなく、卒前教育に組み込まれるようになるべきである思う。したがって、筆者は、この新研修医制度を過渡期的な改革と捉えてい る。過去の歴史を辿れば、日野原重明氏らが日本のプライマリ・ケア教育の充実を訴えたのは実に今から30年前の1970年代だった。それから遅々とした改善しか行えなかっ た日本の医学界であるから、今回のかなり無理のある見切り発車もこれはこれで仕方なかったとも言える。
卒前教育のプライマリ・ケア教育は、充実したクリニカル・クラークシップを行うことで実現できるが、このためには、この過渡期に各医学部でその方法論の検討を重ね、そのための専任の教員の数も飛躍的に増加させる必要がある。また、プライマリ・ケア教育が卒前に組み込まれた暁には、卒後研修が専門科別になるが、専門科別の卒後 研修の標準化されたノウハウも日本では蓄えがないように思える。したがって、これもこの過渡期に各専門学会で、研修方法論の検討を重ねる必要がある。その専門科の一つとして、プライマリ・ケアを生涯専門にやっていく「家庭医療学科」も付け加える必要がある。


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木戸友幸
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