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医学教育  


家庭医木戸の現場報告(6)
(JECCS News Letter 2017年4月号掲載)
在宅医療を見直す

  ジェックス参与 木戸友幸


 実は昨年(2016年)の4月から私の仕事場は木戸医院から別の所に変わっていたのです。これにはいろいろ複雑な事情があり、今は事実のみをお伝えしておきます。どこに変わったかというと、週2回は某診療所での在宅医療と外来診療を、残りの週2回は特別養護老人ホーム(特養)の勤務で、両方とも大阪市内にあります。今回からの現場報告は、この二つの現場からの興味深い出来事や、感動したことなどについてお伝えしようと思います。

 さて今回は診療所での在宅医療についてお伝えします。在宅医療とは、通院が困難な患者さんを、定期的に訪問して診療することを言い、その時々の依頼に応じて訪問する往診とは、区別されています。その対象になる人は、高齢でいわゆる寝たきりになっている患者さんが圧倒的に多いです。私が勤務する診療所は院長の方針で、在宅医療にかなり力を入れており、現在50人ほどの在宅患者さんを抱えています。私はそのうちの十数人を受け持ち、原則2週間ごとに一度に6〜8人の患者さんを訪問しています。この地域には、日本の高度成長期に肉体労働に従事した人たちが、高齢化して病気を抱え一人暮らしというケースが非常に多いのです。患者さんには、若い頃にやんちゃをして、全身に彫り物のある人もいますが、そんな患者さんも現在はおとなしいお爺ちゃんです。 たいていの患者さんは、これまでの苦労のためか、あるいは長年の一人暮らしがそうさせたのか無口です。ですから、情報はヘルパーさんから得ることが多いです。そのヘルパーさんにも変化が起こっており、この地区ではフィリピン人が多いです。もちろん日本語はほぼ問題なしなのですが、ときどき表現しにくい日本語があるようで、ある時、英語で手助けしてあげたら、次から私が訪問すると、そのフィリピン人ヘルパーは、笑顔で英語の挨拶をしてくれるようになりました。

 ついこの間、様々なことを考えてしまった患者さんがありました。89歳の男性で、長年のヘビースモーカーで、その影響で慢性気管支炎があります。また不整脈のため心臓にもペースメーカーが入っています。訪問すると、いつもベッドに寝るのではなく脚を組んで座ってテレビのワイドショーを観ていました。彼も例外なく無口でしたが、採血の時に「痛い!」と大声で叫んだ直後に舌を出して「嘘でした。」といったオチャメな面もあるお爺ちゃんでした。 ある日訪問看護師から連絡があり、数日前から呼吸が浅くなり回数も多く、手指の爪で計る酸素濃度も低いとのことでした。臨時で訪問すると、確かに呼吸不全は1週間前に訪問した時に比べ明らかに悪化し、その進行速度も急速でした。本人は「しんどくない。」と強がっていましたが、無理矢理に心臓ペースメーカーを入れてもらった病院に連絡をとり、緊急入院させてもらいました。 その数日後、病院から連絡が入り、治療の甲斐なく亡くなったということでした。連絡する家族もなく、主治医の判断で呼吸器に繋ぐことはしなかったということでした。入院を含めても、本当に苦しかったのは、ほぼ1週間でした。彼の人生の終わり方は、どうだったのだろうかと診療所のスタッフを交え意見を交わしたのですが、彼なりのわがまま人生を89年間続け、肉体的に深刻に苦しんだのは1週間なら、そう悪くない人生だったのだろうというのが結論でした。皆さんはどう思われますか?


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木戸友幸
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