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ボタン 「長年通院している心気症的な77歳女性の心窩部痛」  ボタン


JIM 12巻9号 2002年、p 818−819


1)症例提示

77歳女性、腹痛
7年間外来通院している患者。高脂血症、骨粗しょう症などで内服治療している。特にこれといって自覚症状はないが、かなり神経質な性格で、不定愁訴は多い。 2001年11月中旬より心窩部から右上腹部にかけての鈍痛が出現した。一時的に軽い吐き気も伴った。触診にて軽い圧痛はあるが、それ以上のものはない。痛みが出現してから、数日おきに独歩で来院を繰り返した。H2ブロッカーの投与でやや改善をみたが、痛みは続行した。
1週間しても、症状改善をみなかったため、近隣の総合病院消化器内科を紹介した。
腹部エコーにて胆嚢の腫大と壁の肥厚があり、急性胆嚢炎の所見で即日入院、外科転科となった。外科転科時の診察所見では、右腹部にデファンスを認めたとある。抗生物質等の内科的治療の後、予定手術として、開腹胆嚢摘出術が行われた。
摘出胆嚢は頚部の炎症所見が著明で胆嚢内には泥状、膿性浸出物を認めた。
術後の経過は順調で、術後2週間で元気に退院となった。

2)何を考えたか

長年通院している常連の高齢者患者である。彼女は性格は明るいのだが、来院のたび に、毎回違う部位の痛みを、さまざまな表現で訴えてきたという経緯があった。 したがって、今回の腹痛もいつもと同じような、特に原因を特定できない「いつもの痛み」であろうと思っていた。しかし、数日間にわたり、同じ表現で同じ場所に痛みを訴えるので、これは、臓器疾患による痛みである可能性が高まった。そこで、部位と頻度から、まず胃炎からの痛みを疑い、H2ブロッカーによる診断的治療を試みた。H2ブロッカーが無効であると判明してからは、部位的なことより、肝臓・胆嚢からの痛みを考えた。肝に関しては、これまでの数ヶ月おきの血液検査で肝機能異常がまったくなかったので、肝の炎症・腫瘍による痛みは可能性が極めて低いと思われた。最後の胆嚢も、急性胆嚢炎としては、症状が極めて非定形的であるので、可能性がかな り低いと思ったのであるが、除外診断で、最後に残ったものとして、暫定的な診断と した。

3)何がきっかけで診断が付いたか?

前述したように、患者は、慢性疾患を複数かかえているが、これといって急変するよ うな疾患は抱えていない。ほぼ毎週規則正しく来院を繰り返し、その度に、主に身体 の所々の痛みや、食指不振などの症状を訴えていた。高齢者患者では非常によくあるタイプの一人であった。
今回の腹痛も、診察所見にさしたるものがなかったので、いつもの症状の一つだと考え、対症療法でフォローしていたが、痛みの部位がいつも同様で、1週間と、この患者にしては長期にわたって持続した。
また、これまでの痛みの訴えの場合、痛みはあっても食指不振に陥ることはなかったが、今回は、吐き気も伴い、実際、一週間の間、食事量が極端に減少し、それに伴い、体重も数キロ減少した。 このような「いつもの痛み」とは少し違ういくつかの兆候がきっかけになり、今回の診断を疑うに至った。

4)本症例における腹痛の病態

もともと泥状の胆石をもっており(手術所見により判明)、それによる胆嚢炎が起こ り、局所的な腹膜炎(最終的にはデファンス出現)を起すに至った。

5)本症例で学んだこと

高齢者の疾患、特に炎症性疾患は、若い人に比べ、かなり非特異的な症状・所見を呈することが多い。その典型は高齢者の肺炎で、発熱や咳嗽など通常の肺炎症状がまったくなく、単に元気がなくなったという症状で発症することはよく知られている。
腹部の炎症性疾患でも、同様のことが言われており、極端な場合は、所見は炎症部位の圧痛のみで、その他の自発痛、発熱などは皆無のこともある。当症例では、自発痛はあったが軽微で、圧痛も同様に軽微、発熱は無かった。これらの軽微な症状・所見は、摘出された胆嚢の程度の強い炎症所見との乖離はかなりの隔たりがある。まずこれが、本症例で学んだ一番重要な点である。このまま、胃炎ということであと1週間 ほど保存的療法を続けていたら、胆嚢膿瘍破裂などの重篤な合併症を引き起こしていたも知れないと想像すると、こちらの胃が痛んできた。

高齢者で炎症症状・所見がマスクされることに付け加え、この患者は心身症的な身体の各部の痛みを常々訴えていたことが、診断を遅らせる原因になった。今回の腹痛が心身症的なものでないと感じ始めたきっかけは、痛みの訴え方の「一貫性」である。 高齢者には、当症例のように、さまざまな心身症的痛みを訴える患者が非常に多い。 これらの症状の重要なスクリーニングの一つが症状の「一貫性」であることが証明されたのも今回の収穫である。

さて、当症例で1週間当院で経過観察を続けたのには、診断が遅れたことの他にもう一つ理由があった。それは、患者本人が保存療法での経過観察を強く希望したことで ある。
高齢者で、心身症的な訴えの多い患者は、一般に小心である場合が多く、重篤な疾患の診断が下るかも知れないような検査を拒否しがちである。このような患者側の解釈モデルをすべて受け入れていたら、患者マネジメントに支障を来してしまう。 幸い、当症例では、1週間という症状持続期間があったので、総合病院での精査に関 しては、患者自身とその家族(娘)にもすんなり受け入れてもらうことが出来た。
心気症的な高齢患者の訴えに対し、どの時点で医学的精査を開始するかは、それこそケース・バイ・ケースであるが、少なくとも1週間、同様症状が持続すれば、対症療法を超えた何らかの処置をとったほうがいいというのが当症例から得た最終的な教訓である。

参考文献
Ahmed A, et al. Manegement of Gallstones and Their Complications. American Family Physician 61(6):1673-1680, 2000

Question & Answe
Q:心気症的な高齢患者の腹痛で、精査を要するかどうかのポイントは?
A:症状と所見が一定のパターンで数日以上持続すること。

Keyword 胆嚢炎、高齢者、心気症的


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木戸友幸
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