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101)Bull’s-eyeの教え方が違うだろ!

 2020年6月25日号のNew England Journal of Medicine ( NEJM )のPerspective(展望、見方の意)の記事にライム病のダニの差し口の皮膚病変であるBull’s eye(標的=◎)の写真が載っていたのですが(https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMp1915891)、黒人患者と白人患者の病変写真が並べてあるのです。Perspectiveには医学論文ではなく意見表明の記事がほとんどなので、何が書いてあるのか確かめたくて読んでみました。

 著者はハーバード大学の女性医師なのですが、彼女が医学生だった時の医学教育において、女性としてまたアフリカ系という人種としての差別が明らかであったと明言しています。これは社会現象としての差別のみならず、医学教育上の差別でもあると著者は述べます。写真に出したBull’s eyeの写真は、殆どの教科書でも講義のスライドでも白人の皮膚写真で、くっきりした赤い標的のマーク(◎)が見られます。しかし、実際は黒人(あるいはアジア系でも)では単なる普通の虫の差し口様の皮膚病変にしか見えません。このことを黒人の医師なら経験上知っていますが、米国で学んだ白人医師なら有色人種の患者を診察した時、この病変を見落とし、誤診(よくて診断遅延)を招く可能性があります。

 他の例としてはCPR(心肺蘇生)の実習で使われる人形です。この人形は米国ではどの医学校でも白人男性の人形を使っています。これも社会的のみならず医学的にも有害な男女差別だと著者は主張します。統計上、街中で起こる心臓発作と思われる患者への一般人のCPR実施率は男性患者対してのものに比べ女性患者で明らかに低いのです。一般人でCPRを実施する側は、やはり男性が多いのですが、男性が見ず知らずの女性のCPRは出来ればやりたくないというのが本音のようです。まず、たとえ救命行為であっても男性が女性の身体に触れることで、セクハラ訴訟にまで至る可能性があります。そこまでいかなくとも男性が面識のない女性の胸を触ることに抵抗感を感じるのは普通です。こういう社会の風潮を考慮すると、医学校のCPR実習の人形に女性も加え、女性の胸の触れ方や実施時の女性患者に対する説明と同意の取り方まで訓練すれば、より多くの女性を救命できると述べています。

 このように、医学教育上の男女や人種による差別は、医学や医療の質を落とすという副作用もあると、著者は言いたかったようです。確かに、米国にもその昔、医学校入学時に人種上の差別がありましたが、現在はその差別は全くなく、むしろ勤勉なアジア系の学業成績が断トツに良く医学校に多数合格し、白人志願者が逆差別だと騒いでいるくらいです。ですからこの記事が指摘した医学教育上の半分無意識の男女や人種の差別が米国のマイノリティーに害を及ばしているという視点は非常に新鮮でした。

 この著者の現在の所属はHarvard Medical Schoolとなっていますが、記事の雰囲気として彼女の学んだ医学校も同じハーバードのような気がします。ですから、白人男子優先的な傾向はより強かったのだと思います。40年近く前に私が研修医を経験したニューヨークはブルックリンの病院は、患者は圧倒的に黒人(アフリカ系アメリカ人)が多く、小児科救急のローテイション時の指導医はフィリピン人女性の小児皮膚科医師で、黒人の小児患者の皮膚病変に関しても詳しく、白人のそれとの相違を具体的な患者を通し教えてくれました。
 例えば、猩紅熱の皮膚発疹は白人の子供なら、赤い発疹で見ればすぐ分かりますが、黒人の場合は色では分かりにくく触ってのザラつきで判断するといった具合に。ですから、マイノリティー患者を多数観る教育病院では、昔からそれなりに実際的な教育をしていたように思います。

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木戸友幸
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