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132)ソフトパワー

 突然ですが、「カサブランカ」という映画を観たことはありますか?1942年製作のアメリカ映画です。そう、あの第二次世界大戦の最中に制作、公開された映画なのです。イングリッド・バーグマンとハンフリー・ボガードという当時の超人気俳優二人が主役を務めた普通に言うと恋愛映画なのですが、実は米国政府肝入りの国策戦意促進映画だったのです。

 元米海兵隊員でスペイン内戦でも戦ったリック(ボガード)は、スペインから傷心を抱いて当時のフランス領モロッコに渡り、カサブランカでバーを開きます。そこでかつてパリでの恋人だったイルザ(バーグマン)と再会するのです。当時フランスは事実上ナチスドイツに占領されており、その傀儡のビシー政権下にあり、モロッコにもドイツ軍は駐留していました。ある日、リックのバーでナチス将校たちがドイツ軍歌を大合唱していたのですが、イルザと共にバーを訪れていた夫のヴィクトル(ユダヤ系の反ナチ闘士)がそれを不快に思い、こちらも迷惑そうなリックの目配せ了解を得て、楽団に演奏を開始させます。それが何と、フランンス国家「ラ・マルセイエーズ」なのです。バー中のフランス系の客の大合唱になるという、この映画の中でも、もっとも盛り上がる有名な場面の一つです。(Casablanca La Marseillaiseでググればyoutubeで観れます。)

 さて、カサブランカのこの場面で私が何を言いたいかということです。この映画は当時の国策 ―第二次大戦に連合国側が勝利する― を米国民に十分認識してもらい、戦意を高揚させ、戦時国債を多く買ってもらうためのものだったのです。そして、その中の一番盛り上がるシーンがフランス国歌の大合唱なのです。確かにフランスはナチスに占領され、それに公式に抵抗していたのはロンドンで亡命政権を樹立したドゴール将軍のみ。確かに悲劇の主人公で、連合国の中で同情を一番集めた国ではあります。しかし、ハリウッドの監督にこの場面を着想せしめたのは、これまでフランス革命以降築き上げたフランスのソフトパワーの力だと私は思います。

 フランス三色旗が表す自由、平等、連帯(博愛)を始めとし、他国から多くの芸術家や研究者、はたまた革命家までを受け入れた度量など、フランス革命を経て、フランス共和国が19世紀以降、世界に示したソフトパワーは第一級のものだと思います。私が高校生時代から敬愛しているビートルズの名曲の一つにAll You Need is Love(愛こそすべて)がありますが、その冒頭で流れるのもラ・マルセイエーズの出だしのメロディーです。フランスといつもいがみ合っているイギリス人のポールとジョンでさえ、「愛」といえばフランスを連想するのです。

 さて、このソフトパワー(Soft Power)という言葉は、見てわかるように英語であり、これを提唱したのは、アメリカ人国際政治学者のジョゼフ・ナイとう人なのです。ソフトの意味は、軍事力や経済力のようなハードな国の影響力ではなく、文化、政治形態などのソフトな影響力ということです。1950年代のアメリカの高度成長期の生活様式、それを反映したハリウッド映画やテレビドラマは、世界中の人々の垂涎の的になりました。その時代を生きてきたナイが、この概念をソフトパワーと名づけたのです。このタイトルの原書は高々200ページほどの短いものなのですが、その中でヨーロッパ諸国のソフトパワーの歴史にかなりのページが割かれています。ナイも歴史的にみたフランスのソフトパワー形成の巧みさについて多くを言及し称賛を惜しんでいません。

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木戸友幸
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