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167)バター

 柚木麻子氏の小説「バター」が2024年から25年にかけてイギリスの文学賞を3つ続けて獲得し、3冠王を達成しました。もちろん英語に翻訳された作品でですが。イギリスの文学賞というと、ノーベル文学賞まで獲得した私の推し作家の一人、カズオ・イシグロを思い浮かべてしまいますが、彼は教育は全てイギリスで受け、作品も日本を題材にした数作品を除き、ほぼ全てがイギリスを舞台にしたものです。日本人の女性作家が書いた小説が何故ここまでイギリス人に受けたのかを知るために2025年夏に読んでみました。読んだのは、やはり原作であるオリジナル日本語版です。

 主人公は週刊誌記者の里佳で、彼女は複数の交際相手の男性を殺人した容疑で勾留されている梶井真奈子に関する記事を書くために、梶井との面接を実現すべく画策します。獄中の梶井との面接に何とかこぎつけ、梶井が料理好き(特にフランス料理)なことを知ります。この面接を持続させるための話題作りとして里佳は面接の時に梶井が教えてくれた料理、特にバターを使った料理を食べまくるのです。最初に試したのが、何と熱々のご飯にバターを乗せ醤油をかけるというバター飯で、里佳はそれにハマってしまうのです。この超シンプルなバター飯の説明(いわゆる食レポ)が絶妙なのです。その後、里佳が外で食べる本格的なフランス料理の食レポも素晴らしく、イギリス人が経験したことのない料理も含め、主題とは離れた日本的食レポも、この小説が英国で受けた理由の一つだと想像します。

 しかし、この小説の本質は日本の女性の生きにくさを、獄中の梶井、記者の里佳、里佳の学生時代からの友人、伶子を通して描いているところでしょう。ここは小説の本質部分なのでネタバレは避けねばなりません。これくらいでご容赦を。準主役級の梶井のモデルが日本中で報道された実際の事件の犯人なのです。そのこともあり、日本では2017年単行本の初版刊行当時からかなり話題を呼びました。しかし、イギリスではこの事件は、まさか報道されてはいないと思われるので、やはり日本での、かなり特殊な境遇下での女性の「生き難さ」(これは現在世界共通の話題です)が共感を呼んだのだと想像されます。それともう一つは、英語の翻訳の巧みさのように感じます。調べると、Polly Bartonというイギリス人女性が翻訳したそうです。彼女はこの作品以前から柚木作品の翻訳を手掛けていたそうです。翻訳本の評価と売れ行きは、訳者の力量に左右されるので、Bartonさんにはこれからも、日本の有能な作家の作品を英語で世界に紹介し、異文化コミュニケーションに貢献して欲しいと思います。

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木戸友幸
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