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171)世界一周旅行

 この間テレビを観ていたら、旅行のことが話題になっていて司会者が「一度でいいから、世界一周旅行をしてみたいですね。」と言っていました。
実は、その世界一周旅行を私はしたことがあるのです。それもファーストクラスの飛行機で。これには、信じられないような偶然の要素が重なり合っているのですが、今回はこの奇跡とも言える話をご紹介します。

 1995年のことです。パリ・アメリカン病院への赴任が決定されていたのですがフランスの労働ビザ取得が、フランス外務省の強い抵抗のため伸び伸びになり、1年間待機していたのです。その労働ビザが一月にやっと取得でき、パリ行きがついに実現したのです。パリに向けての関西空港からの出発は3月と決まりました。病院との契約により、年一回のパリー大阪のビジネスクラスでの往復は病院持ちとなっていました。その年の8月にアメリカでの家庭医療学専門医の6年に一度の更新試験があることは分かっていました。フランスでは当然の権利である夏の長期バカンスに絡めてこの試験をニューヨークで受けて、その後、日本での休暇も取ろうと思っていたのです。世界中を飛び回って仕事をしている友人に相談してみると、海外便の事情に詳しい旅行代理店を紹介してくれました。この事情を紹介された旅行代理店に伝えると、それなら世界一周チケット購入をお勧めしますと言われました。確かに、3月に関空からパリに向かい、パリで夏まで仕事をして、8月、NYで試験を受け、その後アメリカ大陸横断をしてLAから関空に帰って日本での休暇を過ごす。休暇後、関空からパリに戻れば完璧な世界一周になります。この世界一周チケットは一年以内に後戻り無しで(後戻りフライトは別料金)2社のキャリアーを使って世界一周をするという単純な決まりがあるだけなのです。私の旅程は、この決まりにピッタリ合致していました。因みに料金はと訊くと、ビジネスで30数万円、ファーストで50数万円と言われ、あまりの安さにびっくりしてしまいました。この年は円高が急速に進んで1ドルが何と80円台だったのです。そしてこの世界一周チケットはドル建てなのでこの安さだったのです。

 使うキャリアーはルフトハンザとユナイティッドの2社でした。残念ながらパリ直行便のあるエールフランスは使えませんでした。ルフトハンザだと、ヨーロッパ到着はフランクフルトになります。でもフランクフルトよりパリは西にあるので後戻りにはなりません。関空発のルフトハンザのファーストクラスは僅か5席しかなかったので乗客は何と私一人だけでした。上品な日本人フライト・アテンダントが文字通り私に付きっ切りで世話をしてくれました。夕食の前にキャビアが供されるのですが、「木戸様、キャビアの付け合わせは何にいたしましょうか?」と質問されました。実は、高級キャビアなど今まで食べたことはなかったので、「慣れたあなたにお任せします。」と言って、合わせる飲み物は迷わずシャンペンを頼みました。夏のパリからNYへの大西洋横断は、さすがにファーストクラスも満席でした。乗務員には誰が世界一周チケットの客かの情報は回ってないらしく、サービスには全く問題はなかったです。ということで、1995年のファーストクラスでの世界一周はつつがなく終えることができました。NYからLA(ここはトランジットで数時間の空港待機、ファーストクラスのラウンジ超快適で満足)、LAから関空はユナイティッドでしたが、この頃になると贅沢慣れで、有り難みもかなり薄れてきました。ところで、この料金の50数万円という値段は、当時の日本とフランスのビジネスクラスでの料金とほぼ同じだったのです。旅行代理店にこのことを話すと、躊躇なくその旨の領収書を発行してくれました。ですから、このファーストクラス世界一周に費用はまったくかからなかったのです。30年ほど前のことですからもう時効、というより私は得をしましたが、誰も損はしていません。ということで、正直言って悪いことをしたという意識はほとんどありません。(でも嫉妬は必ず購うと思い、30年後の告白となりました。)

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木戸友幸
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