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18)旅行者下痢じゃなかった

 20代前半のアメリカ人女性が下痢を訴えて来院しました。1週間前に来日して、ずっと下痢が続いているとのことでした。英会話学校の教師として来日したので本当ならばもう働き始めていないといけないのですが、下痢が続いているため学校はまだ休ませてもらっていました。仕事が始められたないことも気にかかるとのことでした。訊くと、途中で東南アジアなどで寄り道せずにアメリカ西海岸から直行で来日したとのことだったので、精神的な要素や食事や水の違いなどからくる、旅行者下痢によるものと考え、整腸剤と下痢止めを処方しました。

 一週間後に再診すると、やはりまだ下痢は続いていると言います。たまたま診察直後に便意を催し、下痢便を見せてもらうと、赤っぽい褐色で、検査で血便であることが分かりました。そこで再度、下痢に関する質問を繰り返すと、3年前にメキシコ旅行中に、アメーバ赤痢に罹患したことが判明しました。偶然ですが、この数カ月前にフランス人で数年前にスリランカで罹患したアメーバ赤痢が、完全に治癒せずに時々ぶり返すという患者を経験していました。このフランス人は、大阪市立総合医療センターの感染症科のS先生に紹介し、うまくコントロールしてもらっていました。そこで、同じS先生に連絡をとると、状況的にはアメーバ赤痢の再発であることがまず間違いないので、その特効薬であるフラジールをすぐ処方して、それから医療センターに来院して欲しいということでした。

 その日に判明した多くのことを説明して、問題は解決に向かっているという結論で説明を終えましが、彼女はあまり嬉しそうな顔はせず、何だか浮かない表情で帰っていきました。翌日、彼女から電話があり、フラジールは気分が悪くなってしまい服用できないと言います。特効薬が服用できないとなると、打つ手はありません。これは、もうS先生にすがるしかないと思いました。運悪くその日は金曜日でそれも午後の遅い時刻でした。救急というわけではないので、医療センターを受診するのは週明けになってしいます。そのことを彼女に説明すると、それでかまわないと言います。その時の電話での様子も小声で元気がなさそうでした。

 月曜日の午前の診療を終えて、午後に彼女のアパートに電話すると、留守のようでした。何度かけても留守なので、アパートの管理人に連絡すると、彼女はもうアパートを引き払ったということでした。その時は何が起こったのか分かりませんでしたが、連絡法がないのでどうしようもありませんでした。数日後、彼女からのEメールが届きました。彼女が最後にフラジールを飲めないという電話をくれた翌日、アメリカに帰国したのだそうです。

  来日してからずっと下痢で体調が悪かったことは確かです。それも初めての慣れない異国の環境でですから、体調だけでなく、精神的にもかなり参っていて、うつ状態であったこともまず間違いないでしょう。そこで、最後の頼みの綱であったフラジールが服用できないとなった時点で、心の糸が切れてしまったのだと思います。何かこうならない手立てはなかったのかと、今でも心の痛むケースです。

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木戸友幸
mail:kidot@momo.so-net.ne.jp