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30)私の母国語は?

 F航空の客室乗務員の往診依頼があり、午前の診療の済んだ後の午後にホテルにタクシーで向かいました。部屋を訪ねると、患者の外見は白人女性でした。挨拶くらいフランス語でするかと、こちらから喋りかけようとすると、流暢な日本語で、「わざわざ往診してくださって、申し訳ありません。」と挨拶されてしまいました。

 病気自体は、軽いウイルス性の胃腸炎と思われ、症状も改善中で、ほとんど問題はありませんでした。問診も診察中の会話も日本語で支障はありませんでした。病態が深刻ではないことが分かりリラックスしたのか、彼女は随分饒舌になり、問わず語りに自分の半生を滑らかな日本語で語ってくれました。

 彼女は、オーストラリア人の父と日本人の母の間に生まれたハーフで、子供時代は、日本とオーストラリアで、半々の割で過ごしました。大学を卒業してから、フランスで観光関係の仕事に研修生(インターン)として従事しているうちにフランス人と結婚することになりました。子供ができ、その育児が一段落した頃に現在の航空会社に正式に採用されたということです。ですから、彼女は日本語、英語、それにフランス語をほぼ自然に喋れるのです。

 「そうすると、あなたはトリリンガルになるんですね。すばらしいですね。」と言うと、「全然すばらしくなんかありません。どの言葉も中途半端で、どれも、母国語という感じがしないんです。」と、謙遜ではなく、本心で彼女は物憂げに答えました。
表面上、流暢に聞こえる日本語も、領収書とか診断書とかの日常あまり使わない単語は、ぼんやりとしか意味が分からないそうです。そういった、ぼんやりとしか分からない単語が英語でもフランス語でもいくらもあるそうなのです。そういったことの総体が、「母国語という感じがしない」感覚になるのかも知れません。

 次回は、多国語言語習得の功罪について、これまでの私の体験に基づきもう少し考えてみたいと思います。

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木戸友幸
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