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国際医療協力

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大阪市東淀川区医師会雑誌 1994年12月掲載

 
  わが国の国連常任理事国入りが、俄に具体性を帯びて語られるようになってから、以前にもまして日本の国際貢献に内外の注目が集まるようになってきている。我々医師にとっての国際貢献についての私見を自の体験を踏まえて述べてみたい。
 臨床医にとっての国際貢献は、国内では在日外国人の診療、国外では難民等の診療というかたちがここ数年で定番化してきている。私自身、前者に関しては、国立大阪病院勤務中に5年間にわたり、ほぼ50人の在日外国人に対する診療に携わった。93年に開業してからは、その年から開設されたアジア医師連絡協議会(AMDA)関西支部よりの依頼で、その協力医療機関を務めている。これらの体験をもとにこの定番貢献にコ メントしてみたい。まずは外国人診療から。私が国立で診ていたのは、英語のしゃべれる外国人がほとん どである。英語がある程度しゃべれるということは、文化的にも英米的なものに馴染んでおり、診療のスタイルも診断、治療について説明し、その各々について同意をとりながら進めるアングロサクソンスタイルでまず間違いが生じることはない。
 また、もともと若くて健康な人が来ているので、疾患はあっても軽微なもので、内科的疾患よりむしろ心身症的な訴えの方が圧倒的に多い。したがって、英語のしゃべれる外国人に関しては、医師が英語をある程度操れて、なおかつアングロサクソンの文化や医療形態を理解していれば問題はない。また、経済的にも比較的余裕のある人がほとんどで、ちなみに私の関った患者のなかで治療費の未払いは皆無であった。
 問題は、英語で対処できない非アングロサクソン文化圏の人々である。言語そのものも問題であるが、生活習慣を含めた文化に我々が無知であることから生じるさまざまな誤解がある。例えば、イスラム教徒の女性が男性医師に肌を見させないのは、羞恥 心からではなくて、宗教による禁止事項であるからである。しかし、個々の事項を個人の医師が熟知することは不可能に近い。AMDAでは関東での診療の体験から、さまざ まな文化圏の患者の診療のノウハウを本にまとめており、これらを参考にしながら医師自ら勉強していくしか方法はなさそうである。
 医師の個人的努力では解決できないのが診療費の未払いである。医師は受診した患者を治療する義務があり、患者に支払能力がないのであれば、日本国民が税金で負担する(形式としては国あるいは地方自治体が負担)のが当然ではないだろうか。国際貢献には何らかのリスクや負担が伴うという事実は、現在、国民世論としてはほぼ受け入れられているようだし、先進諸国のほとんどはある時期にこういう試練を経て現在 に至っているのである。関西国際空港開港でこれから国際化が進むことが予想される関西であるが、大阪府でも在日外国人に対する医療に関し検討を重ねており、その会 議のいくつかに私も出席したが、未払い問題に関しては、医療機関に負担のかからな い方向でいくようである。

 次に国外での医療活動に移る。90年の湾岸危機は未だ記憶に新しいが、この時はいつ戦火が開かれるかもしれないという特殊な事情があったため、政府の出動要請に対して、ほぼすべての医療関係NGOがこれを拒否した。このため、過去の経験は無視して主に国立の医療機関から人が出された。先遣隊が一カ月かかって診療所用の建物を確保したのを受けて、我々二次隊(といっても医師は二人だけ)が派遣された。90年11月の時点では、湾岸地域にはまったく医療需要はなく、いったん戦火が開かれれば、我々が確保した診療所ではほとんど用をなさないことが容易に予想できた。つまり、 日本医療隊は歓迎されざる客だったのである。それに加え、現地の外交官(我々医師 も身分上は外務医務官であった。)には何の決定権もなく、サウジ側との交渉で返答 を求められるたびに、東京にお伺いをたてなければならなかった。このようにして医療隊としての活動はまったくすることなく一カ月間が瞬く間に過ぎ、帰国となった。
 当然のことながら、日本医療隊はこの二次隊で解散となった。 海外での難民や災害に関る医療活動は、準備の時間もなく出動し、現地では状況に応 じ臨機応変に動かなければならない性質のものである。それだけに、豊富な活動経験 と現地での決定権が必須のものになる。サウジでの経験から分かるように、政府主導型の、それも経験の乏しい身内で固めたチームでは効果は望めないと思われる。 湾岸以降、さまざまなNGOが海外での医療活動に参加するようになり、かなりのノウ ハウを蓄えてきている。したがって、実績のあるNGOに政府が経済的援助をする(しかし口は出さない)のがもっとも効果を期待できる方法のように思える。フランスの 国境なき医師団はまさにそういうやり方で運営されており、成果をあげている。(少 なくとも国際世論への注目度という尺度では。) 外国人医療をやっていた時は、さまざまな患者の国民性や国情に直接触れることがで きて、興味深く感じたし、自らの国際性も随分増したように思われる。サウジアラビアは個人の旅行では訪問できない国である。サウジで本来の仕事は出来なかったものの、敬虔なイスラム文化に触れたこと、外交交渉の実際に立ちあったことなど個人的な体験としては非常に実り多いものであった。私個人としては、これらのことを義務感としてやったつもりはなく、むしろ日常業務を少し離れた趣味的な気持ちでやって きた。これからも気楽な気持ちで、私なりの国際貢献を続けていこうと思っている。
 さて以上のことを踏まえて、医師の国際貢献の方法論についての結論は、医師それぞれが特技、趣味を生かして自発的に行なうのがもっとも効果的で、それを行なうにあ たって、経済的な援助はできる限り、日本政府が行なうべきであるということである。

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木戸友幸
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