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救急室
 ニューヨーク市立キングスカウンテイ病院の救急室はニューヨークというより全米でも指折りの患者数を誇っている!?
この病院はブルックリン区で一番大きな病院(ベ ッド数1500)であり、したがって医師数も多く、全ての専門科を網羅している。その ため、いったん他の病院に運ばれた患者でも、その病院に専門医がいないというような理由で、どんどんキングスカウンテイに転送されるのである。また、ブルックリン はニューヨーク市五区の中でも人口が200万と一番多く、それだけ潜在的な患者を抱えているということもある。日暮れ時ともなると、救急入口に救急車が列をなして、ちょっと壮観である。

 救急室救急室の構造は図のようになっていて、この病院のC棟の一階の大部分を占めている。救急車で運ばれた患者は外傷のある者を除いて直接 ma le room あるいは female room に送られる。歩いて病院に来た患者は、トリアージュで看護婦によって本当の救急であるかどうかの判断をされる。それほど急を要さないと判断された場合は、スクリーニング外来に送られる。ここは普通の外来と同じように機能する。救急の場合は、やはりmale roomかfemale roomである。なお、明らかに分かる外傷、喘息、それに産婦人科疾患は、それぞれ外科治療室、喘息室、産婦人科室に送られる。看護婦にその判断がつかなかった場合は、いったんmale roomあるいはfemale roomに送られて、そこのレジデントが判断を下す。
C1 room というのが一番奥まった所にあるが、これは簡易CCUあるいはICUのような部屋で、そこには三年目内科レジデント、三年目外科レジデントが常駐している。male room, female ro om の患者で、sickle cell anemia以外の点滴治療を必要とする患者、急性心筋梗塞の患者はC1に送られる。 我々Family Practiceのレジデントは二年目の一カ月間この救急室勤務になる。この 一カ月間は他の内科の二年目レジデントと共にmale room, female roomをカバーする。 ここでは、週日は八時間シフト、土日に当直に当たると十二時間勤務となる。しかし 、病棟での当直のように三十数時間ぶっとおしで勤務というのではないので、時間的には楽なローテーションにはいる。もう一つレジデントにとっての長所は、救急室からの血液検査やX線検査は全て優先になるので、自分の診断が短時間で確かめられ、それだけ強い印象を残し臨床の勉強になることである。反対に、たちの悪い酔っ払いや麻薬常習者が一日に必ず一人や二人はいて、医学以前のいろいろなトラブルを引き起こす。これらの「プライマリケア」もレジデントの役目だ。あまりひどいと病院に常駐している警官を呼ぶが、そういう連中を相手に負けないだけどなり返すのは中々ストレスの多いものである。

 さてmale room, female roomの患者でレジデントが入院必要と判断した場合、それを最終的に決定するのは、前出のC1の三年目レジデントである。入院ということに決まると、我々が病棟の一年目レジデント(インターン)に電話して簡単な患者の紹介をする。患者は入院の前の書類手続きやルーテインのX線等で一時間ぐらいは救急室にとどまっているので、たいてい病棟のレジデントが降りてきて、救急室で病歴を取り始める。振り分けられた後に救急室に来る患者の疾患は、急性腹症疑い、卒中、心筋梗塞、吐 血などで、それほど日本と異なるとは思わないが、この地域で特異的に多いのがアル中、麻薬中毒、あらゆる薬品による自殺未遂である。
教科書を読むと、血中アルコール濃度300mg/dlで昏睡の恐れがあると書いてあるが、キングスカウンテイの救急室の常連はこの程度の濃度ではぴんぴん飛び回っている。レジデント仲間では彼らはブ ルックリン産の特殊なアルコール分解酵素を持っているのだという、まことしやかな噂が信じられている。 麻薬常習者でフラフラの状態で運ばれてくるのも困りものの一つだ。道端とか地下鉄の駅から救急車で直行することがほとんどだから、病歴をとる助けになる付き添い人 など望むべくもない。若い女性で、やはりフラフラ連れてこれらた患者がいる。腹部が異様に膨れ上がっていたので、普通の尿検査と共に妊娠検査もするように看護婦に言って、先に来た患者の診察をしていた。その患者に戻って腹部を診察してみたら、 柔らかい腫瘤が一様に触れてどうも妊娠の腹ではないような感じである。数時間後、患者が話せる状態になって聞いてみると、ヘロインの副作用で一カ月近く便秘していたのである。それにしても、あれだけたまれば、さぞ苦しいと思うのだが、その感覚も麻薬で鈍麻してしまっていたのだろうか。

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木戸友幸
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