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チーフレジデント
 チーフレジデントというのは、働き手であるレジデントと管理職的な意味でのアテンデイングとのちょうど中間にある存在である。アテンデイング全体の権利を擁護する立場をとり、レジデントに対しては義務をちゃんと果たしているかどうかを管理する役目があるわけである。日本の大学でいえば、ちょうど医局長的な存在にあたると思う。
 さて、この1983年の一月から六月の六カ月の間、私が我がFamily Practiceのチーフレジデントに任命されたのである。Family Practiceのレジデントは他の科のレジデントと異なり、多くの科にまたがってローテイトしているので、他科との摩擦を減らすということがチーフレジデントの大きな仕事の一つになる。例えば、外科にローテイトしているレジデントが無断で欠勤したとか、Family Practiceがフォローしている妊婦の入院に際して担当のレジデントが現れなかったとかいう時、一番先に他科から苦情が来るのはこの私、チーフレジデントのところである。それを問題になっているレジデントとの個人的な話し合いだけで解決するか、あるいはFamily Practiceのレジデントミーテイングを開いて我々の公式な見解を出すかは、チーフレジデントの判断にゆだねられている。
 右の二例は実際に起こった事件で、外科の件は個人的な注意で終わり、産科の方は公式見解を出し、その旨、文書にして産科のデイレクターに提出した。
 こういう突発的に起こる事件への対処と共に、わが科主催の水曜日のLunch Conferenceのお膳立てもチーフの大切な仕事の一つである。これは、他から講師を呼んできて昼食をしながらレクチャー並びに討論をするのであるが、適当なトピック、講師、ともに選ぶのになかなか気を使うものである。
 外科系統のレジデンシーにおいては、最終学年でチーフレジデントをすることが必要不可欠の条件になっているが、内科、小児科、Family Practiceなどでは、これはあくまで名誉職である。と言っても、チーフ以外の同学年のレジデントより一割ぐらい多い給料をもらえるし、 レジデントを終えて実際に働き出す時、この肩書きがものをいうので、実益は確かにある。私の場合は、最初の契約でこちらの病院からは給料をもらわないということになっているし、レジデントを終えると帰国するわけだから、純粋に名誉職である。くたびれ損みたいなところもあるが、こういう面での苦労も将来何か役に立つこともあろうかと思い、出来るかぎり手抜きなくやっているつもりである。それに、他のレジデントのためを思って一つの要求を通した時、皆から"Thank you, Chief."と言われると、単純に嬉しいものである。
 米国は個人主義の国であり、個人がその能力を宣伝したり証明したりすることをかえって奨励する社会である。したがって、一人前の医師になる直前のチーフレジデントなどというポジションは、そのためのまたとないチャンスである。上からの要求も下からの要求も、少々それが無理なものであっても鷹揚に構えて"No problem"とドンと胸を叩いてみせ、何とか解決に努力する。失敗するなという予感があってもまず出来うる限りのトライをしようという態度である。
 こういう世界でもまれて育った米国の医師は、医学的な能力はもちろんのこと、政治的、行政的手腕にもなかなか優れている。この個人的な能力を引き出すような教育法を日本の医学教育に取り入れ、更にそれを日本の世界に誇れる「集団の強調性」にいかにして調和させるかといったことを現在、秘かに考えている。 さて、この「ブルックリン便り」も早いもので11回を重ねたが、自分が書きたいと思ったことは、ほぼ書き尽くしたように思えるので、今回をもって最終とすることにする。 読者諸氏ならびにこの機会を与えていただいた金原出版に感謝の意を表する。

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木戸友幸
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