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AIDS以前

 81年の初頭だったと思います。New England Journal of Mdecine (NEJM)に、サンフ ランシスコとニューヨークのアメリカの二大ゲイ大都市から「ゲイ男性に多発する、奇妙な免疫不全症候群」に関する2論文が載り、我々の医学的な興味を大いに引きました。

まさに、その同時期にブルックリンのキングス・カウンティ病院のERには、ハイチ人の奇妙な免疫不全症候群の患者が連日受診するようになっていました。彼ら(男性ばかりです。)は高熱と、ひどい痩せで受診し、口を開けると真っ白なカビ(カンジダ口内炎)が生えており、胃内視鏡を入れると食道までカビで真っ白でした。咳のある患者は胸部レントゲンを撮ると、ひどい肺炎です。それも半日でみるみる悪化していくのです。タンを調べると何とこれもカビの一種のカリニ肺炎なんです。半身不随や意識障害を来している患者に、頭部のCTを撮ると脳に膿が貯まっている(=膿瘍)のです。これも調べると、トキソプラスマというカビみたいな虫みたいなもの=原虫なのです。こういうことが1〜2ヶ月続き、この病院の感染症グループが動き始めました。これは、ゲイ症候群と同じ疾患に違いないと直感したのです。
いろいろデータをとってみると、確かにその仮説はその通りだったのです。その結果は、半年後のNEJMに「ハイチ人における免疫不全症候群」として掲載されました。
最終的にはこれらは、同様の原因不明の後天性免疫不全症候群(Aquired Immune Defficiency Syndrome=AIDS )と名付けられました。その後、84年頃にその原因としてのエイズ・ウイルス=HIVが発見されたのです。
僕自身も、その時の症例も参考にして、83年に日本の医学総合誌にエイズの総説を書 きました。これはたいした関心は呼びませんでしたが、ひょっとしたら、日本語での第一号のエイズに関する総説であったかもしれません。

ところで、僕が未だに心配していることがあります。その当時、ERでハイチ人エイズ患者を少なくとも10数人は診察しているのです。その頃は、原因も何も分かっていませんから、皆素手で診察して、患者のゲロを浴びたりもしていたのです。あれからもう20年経って、僕は未だにピンピンしていますから、感染はなかったことは確実なのですが、ときどきその時のことを思い出し、複雑な気持ちになります。

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木戸友幸
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