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ブルックリン便り  

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トムとジェリーとユダヤ人気質

 ブルックリン便り(番外編)で、マンハッタンの自宅アパートの近くで交通事故にあって入院したときの体験談を書きました。これはその時のこぼれ話です。

外科集中治療室から一般病棟に移った時のことです。この病室は二人部屋だったのです。僕のお隣さんは、ユダヤ系のおじいさんで、呼吸器系の病気で入院していました。 どうも一人暮らしの人らしく、家政婦さんを雇っていて、彼女は病室にもしょっちゅう来ていました。この家政婦の女性、かなりのおしゃべり好きで、僕の方にもいろいろしゃべりかけてくるんです。

初対面の時に、名前を訊かれ、トモユキはちょっと発音が難しかろうと思い、トムと答えました。すると、向こうがジェリーと答えました。 トムとジェリー、そう、あの猫とネズミのドタバタ漫画のコンビの名前です。それだ けで、二人で大笑いしてしまいました。それから、二人でけっこうバカ話をするよう になりました。

隣人の患者のおじいさんは、たいていは二人の会話を聞いているだけなのですが、あるとき、ボソッと僕に言いました。「トム、君は自分自身が医師なのに、こんな二人部屋で特別な待遇も受けず、普通に扱われている。それでも君は不満に思わないのか?」 正直言って、僕は個室にいるより、この二人部屋でジェリーとバカ話をしている方が退屈しのぎになるし、入院自体がろっ骨骨折が治るまでの日にち薬みたいなもので、 特別な治療など必要なかったのです。だからその通りに答えました。

すると彼は言い ました。「そう思ってるならいいんだよ。日本人というのは、非常につつましい考え方をするんだね。我々ユダヤ人は、これまで生きてきた歴史の教訓から、自分たちの権利に関してついつい意識過剰気味になるんだよ。少しでも譲歩をすれば、生死に関 わるような時代を生きてきたし、今も生きているからねえ。」

これはなかなか重い言葉でした。さすがのトムとジェリーもその後の半時間ばかりは バカ話を慎んでいました。

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木戸友幸
mail:kidot@momo.so-net.ne.jp