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CRWーニンマリとポカン
CRW
 1981年7月から、二年目のレジデント生活に入った。一年目は、言葉の不自由さを含めてさまざまな苦労があった。年間通して百回を越える当直をやったことなどを思い起こすと、感慨深いものがある。 さて、8月のvacationをはさんで、7月、9月はCRWのローテイションであった。CRWはChildren Receiving Wardの略で、小児の救急外来である。ちなみに、大人のそれはERWという。ここニューヨーク市立のキングスカウンテイ病院のCRWは、患者の数の多さで有名で、年間平均して一日二百人の患者があるそうである。

笛吹けど、、、
 このCRWのローテーションは我々ファミリープラクテイスのレジデントの間で人気のあるローテーションの一つである。その理由のもっとも大きいものは、レジデント教育が非常にいきとどいているということである。それは多分にCRWのデイレクターであるDr.ラウデイの手腕によるところが大きい。Dr.ラウデイは40代のフィリピン人の女性である。ついでに言うと、細身のなかなかの美人である。彼女の風貌と文字通り手取り足取りで教える教育法は、一口で言うとまさに小学校の先生といった感じである。 去年にCRWを回った小児科レジデントが言うには、昨年は彼女、笛を首にぶらさげていて、珍しい症例がある度にそれを鳴らしてレジデントに集合をかけ、その場でちょっとした臨床講義をしたそうである。この臨床講義はずっと続いているが、笛の方はさすがにレジデントの間で不評だったらしく、今年は止めにしたようだ。

医者はにんまり、患者はポカン
 Dr.ラウデイの専門は小児皮膚科である。したがって臨床講義に供せられる症例も皮膚疾患が多い。Pityriasis Roseaなどというのは結構たくさんあって、二カ月の間に少なくとも五例は見た。三例目からは目をつぶっていても診断が付いた程である。こういうときのDr.ラウデイの患者の親に対する説明は、まるでパナソニックのテープレコーダーの様に決まっている。 This is called Pityriasis Rosea. Very fancy name, hah?と言って満足そうにニンマリ笑うのである。親の方はいきなり訳の分からないラテン語を聞かされてポカンとしているが、治療法は無いと聞かされて、よけいポカンとする。

Asthma Room
 アメリカの病院では小児、大人にかかわらず、救急室にはどこでもAsthma Roomが別に設けられている。ここのCRWも例外ではなく、このAsthma Roomには月に三回配置されることになっている。その日は朝から夕方まで喘息の子供ばかり診るわけである。NYは秋が早くやってくるので、九月にはもう肌寒い日があり、したがって喘息の数も多かった。治療の方は非常にシステム化している。これは日本でもぜひ取り入れるといいので、少し詳しく書こう。
 まず、喘息専用のチャートがあって、これはflow sheetの形になっている。 epinephrine注射前、一回目の epi.の二十分後、2回目 epi.の二十分後、三回目epi.の二十分後のそれぞれに、呼吸数、心拍数、 wheezingの程度、cyanosisiの有無、 retractionの有無、呼吸音低下の有無を書き込む。 epinephrineの量は 0. 01 mg/kg であるが、最大量は0. 3 mgである。 epi.を皮下注射すると共に、親に出来るだけ水を飲ませるように言う。三回の epi.に反応しない場合は胸部X線で肺炎の有無を確かめると共に、病棟に連絡してたいていの場合入院させる。それから、熱のある患者は epi.を打つ前にCBC用の採血をして感染の screeningをする。 epi.を打ってからだと白血球の数が多く出るからだ。
 この方式でやるとあまり頭を使う必要がないし、第一、患者が立て込んできたときに間違いが少ない。一度に四〜五人の患者が来ても何とか一人の医者でさばけるようである。

ガーナから来た少女
CRWで忘れられない患者が一人いた。四歳の黒人少女であるが、四日間40度を越える熱を出している。咳もくしゃみも鼻水もないけれど、二日前CRWに連れて来た時は風邪だと言われたそうだ。少し詳しく話を聞いてみると、彼女は四日前にアフリカのガーナから帰ったばかりなのである。ガーナには一年半いたそうである。これは何かあると思い、丁寧に診察したけれど、黄疸はないし、肝/脾も触れない。要するに熱だけで、あとは何もない。
 件のDr.ラウデイと相談の結果、マラリアスメアーだけはやってみようということになった。これは、普通より少し厚めの血液スメアーを引いて、Wright stainをするだけの簡単なものである。一時間後に検査室に電話して みると、positiveですと言う。一瞬信じられなかったが、自分で顕微鏡を覗いてみると、リング状のマラリア原虫が赤血球の中にちゃんと見えている。それもウジャウジャといるのだ。二時間後に、それはPlasmodeum falciparumと判定された。 falciparumの場合、たいていもう少し典型的なマラリアの型をとるらしいので、その意味でも珍しい症例だった。全身状態が良いのでクロロキンを処方して外来で診ることにしたが、三日後、再診の時には熱も下がって、四歳のガーナ帰りの少女は診察室の中を跳びはねていた。

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木戸友幸
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