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ブルックリン便り  

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4)セクション ジャポン
 
  アメリカ病院が当地の邦人によく利用されている病院であることは、これまでも何度かご紹介した。その原動力となった日本語サービスチームであるセクション ジャポン(Section Japon)について今回はご紹介したい。
 セクション ジャポンの生みの親は、80年代後半に就任した当院の管理職チームである。彼らはその以前から増加してきたパリの邦人社会に注目しており、病院の経営戦略の一環として、日本人顧客へのサービスを改善することにより顧客数の増大を試みた。そのために日仏英のトリリンガルの医療スタッフを募集した。そして1990年に日本人医師2名のメデイカル アドバイザー、フランスでの看護婦資格を持つ日仏混血の看護婦の3名のチームによりセクション ジャポンの活動が開始されたのである。現在でもこれだけの陣容で、外地の総合病院で日本語サービスを行っている例は珍しいが、当時は彼ら(彼女ら)にとってもまったくはじめての体験でさまざまな戸惑いや試練があったようである。セクション ジャポンの具体的な仕事は日本人からの電話での問い合わせにたいする応対、それに来院患者の受診時の通訳と医学的アドバイスである。時間外の電話に関しては、現在は外部のサービス会社に依頼しており24間の対応が可能になっている。当時のことを現在でもメデイカル アドバイザーとして活躍している松下医師が語ってくれた。当時は医師であるメデイカル アドバイザーにも医療行為は許されていなかった。したがって、フランス人あるいはアメリカ人医師が日本人患者を診察するときに通訳兼アドバイザーとして立ち会う訳である。当初は日本人医師に立ち会われたアメリカ病院の医師たちは、この立会をどうも彼らの日本人に対する診察の監視と受けとっていた節があるようである。日本人スタッフに対する、アメリカ病院の医師たちからの風当たりは当然強く、セクション ジャポンは滑り出し早々、試練にさらされた。しかし、日本人患者の特性をさまざまな形でこちらの医師に伝え、また逆にこちらの医師の指示を日本風に噛み砕いて患者に伝えるといった地道な努力を、セクション ジャポンのスタッフが続けた結果、ほぼ1年でこれらの誤解は解け、信頼を得ることができたという。その裏付けとして発足3年目に新たに医療通訳が一人増員された。

 日本人患者の特性としては具体的にはまず薬のことがある。日本人と比較するとフランス人の方が平均体重がかなり重いので同じ薬でも1錠あたりのミリ数がフランスの方がかなり多くなっている。したがって、抗生物質や鎮痛剤の処方をフランス人と同じ錠数で出すと日本人にはかなり多くなってしまう。また、こちらでは、抗生剤や鎮痛剤に胃薬を同時処方する習慣はあまりないのだが、そうでないと胃症状が起こるという日本人は多い。これらのことも、何回も繰り返し各医師に説明して1年がかりでやっと解ってもらえるようになったという。
 フランスとは文化圏の異なる日本人にとって、この地でストレスなしで生活していくことは非常に難しい。このストレスがこうじるとさまざまな心身症的症状を来たしてくる。この心身症的訴えをフランス人医師に理解してもらうのにもかなり苦労したようである。症状を額面どうりにとっていたらそれこそ、何人もの専門医にかかりさまざまな検査を受け、不必要かもしれない多数の薬を服用せねばならない。また日本人患者は遠慮深いので、診察の場で医師に反論したり、自ら補足の説明を加えたりしないことが多いので、余計に本当のことが解ってもらえない。そのため診察の済んだ後で、日本人スタッフに悩みを打ち明けに来たり電話してきたりすることがよくあって、スタッフの側にもいろいろの苦労があったようである。この患者の訴えを再度フランス人医師にフィードバックすることによって彼らに日本人患者の心理的特性を少しづつ理解してもらっていった。
 ここに挙げたのはほんの一部分であるが、これらのセクション ジャポン各員の努力によってアメリカ病院への日本人患者来院数は図に示すように年々増加の一途をたどった。この事実はセクション ジャポンが病院経営にも大きく貢献していることを示しており非常に喜ばしいことなのであるが、半面、スタッフが忙しくなり過ぎていくつかの問題が持ち上がってきている。具体的な例としては、数年前までは入院患者とゆっくり世間話をしながら交流する時間が十分あったのだが、今では外部からの電話の問い合わせに忙殺されて、訴えに応じて事務的に病室を回ることしか出来ないという。また、病院内でこの組織の存在が認知されるようになったのはよいのだが、半面、日本人患者が来院したら反射的にセクション ジャポンを呼ぶという風習になりつつありこれが彼女ら(現在のスタッフ4名はすべて女性)を余計に忙しくさせているようである。日本人患者の中にはフランス語あるいは英語に堪能で、まったく手助けを必要としない人もたくさんいるのである。
 最後にセクション ジャポンのスタッフ達に最近感じることを尋ねたところ、次の二つの答えが印象的であった。まず、最近の日本人患者の中にはあまりにも我慢のなさすぎる人が少なからずいるようである。外国で医療を受けるのだから、風習や制度の違いから少しは目をつむらないといけないことがあるのだが、それさえ我慢ならないというなら、それは幼児のわがままと同じである。そういうときは、ふだんは天使のような彼女らもさすがに患者を諭すそうである。逆に、親身になって世話をしてあげた患者が帰国した後で、丁寧な礼状をくれることがある。こんなときがやはり一番うれしいということであった。 このセクション ジャポンの存在を、現在はアメリカ病院の一医師である私自身も強く支持し、また心強く感じている次第である。

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木戸友幸
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